日産自動車が天国と地獄を見た理由!復活させた男の影響力とは?

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かつてサニーやブルバードが私の愛車でした。

そんな日産自動車がなぜ天国と地獄を見たのか、ゴーン氏の影響力を振り返ってみました。

これまで話題が次から次へと出てきて報道されていましたがコロナ禍が世界中を駆け巡ると、一般的にはほとんど忘れ去られてしまった感があります。

ゴーンさんという外国人の一人の男が潰れかかった日本の企業をなぜ再建できたのか、その一端に少しでも興味のある方に参考となれば幸いです。

 

ゴーンさんは箱とともに去りぬ

 

「大脱走」という昔のアメリカ映画があります。

スティーブ・マックイーンがバイクに乗って颯爽と走り去るシーンを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

 

1943年、ナチスドイツ時代に連合軍捕虜の札付きの男たちが監視体制強固の捕虜収容所から「大脱走」を計画してトンネルを掘り続けます。

 

苦労の末1つのトンネルが鉄条網の外へ到達するまでのハラハラドキドキの面白い映画です。

 

手法は違いますが、とりあえずゴーンさんの大脱走は成功しました。

 

そもそもゴーさんて、どういう人で、どのような経歴の持ち主だったのでしょうか?

 

生まれてから就職まで(1954年~

 

ゴーンさんはブラジルで誕生しました。両親はレバノン人です。


両親がレバノン人で、それで?今レバノンにいることに関係があるようですし、

レバノンの偉い人と昔から付き合いがあったともいわれています。

 

でも逃亡先のレバノンは反政府デモが続き、暴動が起きて負傷者がでるなど大変な状況でした。



パスポートはレバノン、フランス、ブラジルのものが発行されていると報道されています。

 

レバノンで中等教育、フランスで高等教育を受ける

 

ゴーンさんは、やんちゃでこっそりと父の車を運転したり、クラクションの音だけで車種を当てるほどの車好きでした。

 

成績は良かったですが、一方で問題児であることも多かったみたいです。

 

そしてパリで高等教育を受けることになり、「パリ国立高等鉱業学校」を卒業し、工学博士の学位を取得します。

 

その後、欧州最大のタイヤ会社「ミシュラン」に入社しますが、ミシュランは料理の格付けで有名なので知っているかと思いますがタイヤメーカーなんです。

ミシュラン社員(1978年~

 

ゴーさんのミシュラン社員時代は以下のようなものです。

・26歳:若くして工場長に就任

・31歳:ブラジル「ミシュラン」の最高執行責任者(COO)に就任
 閉鎖寸前からグループ1位に再建する

・35歳:北米「ミシュラン」の社長に就任
 北米でも再建成功

・42歳:フランス「ルノー」に副社長としてヘッドハンティングされる

 

いやはや、このようにすごく若いうちから再建請負人として活躍していたことがわかると思います。

 

ゴーンさん成功の大きな要因は何か?

 

ゴーンさんは特に言語能力に秀でていたのです。

 

いろんな言葉を流暢に操れて、自動車会社は単にグローバルというだけではなく、その工場はローカルで運営がなされています。

ゴーンさんは日本の工場の現場では日本語を使っていたらしいです。

 

そういう現場の人心の掌握も含めて、いろん言葉が話せることがプラスに働いたのではないでしょうか。

ルノー副社長時代(1996年~

 

実は、ルノーはアメリカ事業の失敗や、ボルボとの提携失敗で瀕死状態だったといいます。

 

1兆円のコスト削減プランを実行して再建成功、ゴーンさんの得意の勝ちパターンです。

 

日産との資本提携プロジェクトを任されます。

 

この頃から日産とルノーの橋渡しを任されるゴーンさんの活躍が広がり始めます。

 

実は日産も国内シェア低下と海外事業の失敗で瀕死状態だったのです。

 

結果、負債は2.8兆円にまで上ったのです。

 

そのようなことから、当時の専門家からは「落ちこぼれ同士が一緒になってもレースには勝てない」と冷やかだったのです。

 

日産と資本提携するために日本にやってきた、ゴーンさんは「ルノー」社長兼「日産」最高責任者COOになったのです。

日産自動車の1999年~

 

ゴーンさんは「私はルノーの為ではなく、日産の為に日本に来ました」とひげがない顔で述べています。

 

今から20年前に日産のCOOとしてやって来ました。

当時の私(管理者)の記憶ではやたらと世間で「リストラ」という言葉が流行りだした頃、

英語の「Restructuring(リストラクチャリング)」の略語で、本来の意味は「再構築」なのですが、人員解雇のイメージが強かったと感じていました。

 

ゴーンさんのその後のV字回復の成果は新聞にスクープとして大々的に報道されることになります。

 

日産リバイバルプランを断行する 具体的には、系列の保有株1394社を6社に減らし、工場数11を6に減らし 従業員2.1万人削減しました。

 

日産180計画を達成


販売台数「1」00万増、営業利益率「8」%、有利子負債「0」
しかも3つの目標を2年前倒しで達成する(日産を最高益、財テクも使った?)

 

「日産の会長、ルノーの会長兼CEOに、両者の統合計画を進める」

「一気にV字回復となり、新聞はスクープでV字回復を伝える」

当時大量のリストラを日本人がやると恨まれるので、恨みも責任もすべて自分たちは知らんぷりして丸投げして外国人に頼ったという見方もされました。

 

自分の会社が将来同じようになるのではないかと危惧したサラリーマンが多かったのではないでしょうか、

今はごく普通のことであまり驚かないかもしれませんが。

日産自動車の私物化

ゴーンさんの凄さは、組織にしがらみがない合理化計画を一気にやったことです。

 

まあ、日本人がこれほどの規模で同じ日本人を斬ることはなかなかやれないだろうなと思います。


やらなければいけないのがわかっていいても、顔をみえたり、組織のしがらみなどで、どうしても断てないのが日本人の特質ではないでしょうか。

 

外国人ならではの強みで一気にやってしまったのでした。

 

 

ゴーンさんは2人目の奥さんとの結婚式でも何十億もかけて派手にかけて行っています。

本来、雇われ経営者にすぎず、会社の株式を過半数持っているという大株主ではないにもです。

株主を代理して経営する立場なのですが、

 

20年間もの長い間、実績十分のゴーンさんに周りの誰も逆らえないし、文句は言えません。



絶大な権力をもつことになり、日産そのものを私物化して今回のトラブルに繋がったようです。

日産の代表者がなぜ逮捕されたのか?

 

ゴーンさんは逮捕されましたが、どのようなことが問題とされたのかといいますと、

 

起訴された事件2つあります。

①金融商品取引法違反(報酬約50億円+約40億円を過少報告)

 

本丸はこっちです。

②特別背任罪(1470万ドル+500万ドル=約20億円相当を私的流用など)

 

まあ、ゴーンさんにしてみたら大した金額でないのかもしれないが、庶民感覚では眩暈がする額です。

 

日産クーデーター説は?

 

元々フランス政府(ルノー大株主)が「日産」の利益や経営資源を欲していました。

 

ゴーンさんが「日産とルノーの統合」を画策していると考えて、日産叩き上げの社員が
フランスは大株主ではありますが、日産は日本の会社であり日本のやり方がある、

「フランス政府に口を出されるなんて嫌だ!」と主張しています。

他方、ゴーンさんから見るとクーデーターを起こされて、自分は嵌められた主張しているのです。

 

ゴーンさんは『大脱走』した。

 

日経新聞によると2003年以降、18年までの16年間に株主がゴーンさんに支払った報酬推定は300億円をゆうに超えます(有価証券報告書からの確認)。

 

非常な大きな金額となっていますが、COOとかCEOの海外水準はこんな感じなのかと、びっくりぽんです。

 

因みに、報酬問題で辞任した、ゴーンさん追放の中心人物、西川前社長は4億円弱です。

 

ゴーンさんは逃亡先のレバノンで記者会見して、無実の主張と日本の司法批判を延々とまくし立てていましたが、

目新しい話はないというのが大勢です。

 

自信満々と尊大は紙一重です。

 

テレビに映るゴーン夫妻は一見笑顔で落ち着きを見せているのですが。

 

心の中はどのようなものか推し量ることはできません。

 

 

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