ブログ事始め

あーやっぱり、何が起きるかわからないのが人生だよね!!

 

 東京の私大を卒業後、古里に帰り、ずっと同じ
会社に勤め、
ごく普通に家族をもち、
海と山が庭みたいな地方の小さな田舎町に住む。
順風満帆と思われたサラリーマン生活、ところが
どっこい、
まあ、よくある話なんだが、
ちょっとしたトラブルがきっかけで嫌気がさす。
まあ、ただ今までの鬱積した塊が弾けた、
それだけなのだが・・・・・・。


 さて、限りある人生、このままで
いいのか!!
と、人並みに、
心中、ざわめきを感じて、
立ち止まる。


 組織に属することのいろんなメリットも
重々理解していたが、

マンネリ化を脱出すべく、
新鮮さと、刺激を求めて思い切って
早期リタイアをする。

行政書士事務所の開業を試す!?

  直ぐに、以前から考えていた、
行政書士事務所を開業してみた。

いろいろ勉強もさせて貰い、いろんな人との
出会いもあり、
感謝している。
やはり、実際にやってみないと
身に染みないタイプなんだな


 行政書士業務も半端じゃない。
若手のバリバリの行政書士には、
その積極果敢な仕事ぶりに

大きな刺激を受けた。
本当に、優秀な若手がたくさんいる。
 サラリーマン時代には感じられない
特別な緊張感も味わった。

この、ブログサイトでもなにかしら紹介する
機会があればと思う。

もっとなにか面白いことが、他にもあるんじゃないか!?

  ただ、それとは別な感情も起きていた。
 「残された時間はどれだけのものか」と、
ふと思った。

 浅くてもいいから、もっといろんなことを
やって見たいなと思った。

 小さなものでいい。
  笑っても泣いても一度限りの人生だ。
  勿論、笑って生きることを目指す。 

 なんだか浪花節?みたいな口調だが、
古い男なので仕方がない。

「チャランポラン」という言葉の意外性 !?

 普段はじっくり読まない雑誌など、なぜか、
たまにある記事が目にとまり、
そこだけビリビリやぶって、とっておきたい、
そういう心境にかられたことはないだろうか?

それは、・・・・・
 島田雅彦 (作家)
「チャランポラン」できる幸せ
(JAFMATE:2018/8.9)
と題して書かれたものだった。

「チャランポラン」の語は、僕のイメージでは
「適当」と「中途半端」のイメージが強く、

日常的にはあまり
好ましくない意味での
使われ方しかないと、今の今まで
思っていたのでした。が、

これを読んで、以外だったのだ。
なるほど、こういう使い方や考え方もあるんだ。

悪い意味だけではないじゃないか。
ひどく感銘を受けたのでした。

以下引用抜粋文

 ネットは「人と出会わなくても済む世界」である。
だが、コミュニケーションの基本は「広場に行って、人の話聞く」という原始的な手法である。

 私も町を俳諧しながら、同じようなことをやっている。
用もなく、意味もなく、ふらふらすることをペルシャ語では「チャランポラン」という。
そして、意味もなく、ほっつき歩きたい精神状態を表してもいる。

 詩人や小説家の本来の仕事は「チャランポラン」で、詩や小説はその報告書
にすぎない。

「チャランポラン」の楽しみは他人の脳を借りて、暇をつぶし、物思いにふけり、
時に意識的に愚行することである。やはり、日頃の「チャランポラン」が物書きの
文運を支えていることになる。

 平穏な日常が続いていれば、幸福や不幸を意識することはないが、いざ天災や
戦争、身内や知人友人の死に直面すると、平穏無事であることの恩恵を改めて
噛み締めることになる。
非常時には「チャランポラン」もしていられないから、思う存分「チャランポラン」できる
平穏無事のありがたみがなおさら身に染みる

 人類に偉大な貢献をする人は各界で十年に1人くらいは現われるが、案外
彼らの成功の背景には豊かな「チャランポラン」体験と愚行の蓄積があった
ことも確かである。

 ということで、感銘を受けた単細胞の僕も 
「チャランポラン」人生を始めたいと
思うのだが??・・・・・・・はて?、困った。
・・・・なにを???・・・・・・

「チャランポラン生活」をしていくための、
その秘策とはなに?・・・・・・・
無い頭を絞る・・・・・・・・、なにも出でこない。

諦めかけたときに、浮かんだものは、
どっちにしたって、
お金と健康と人間関係、 

このバランスがよくないと、
「チャランポラン人生」も不満足?
でしかないのではないか。

まあ、極めて当たり前のことしか
出てこないのだ。
凡人には・・・・・・・・・・。


で、まずは動こう。となる。
そうだ、なによりもまずは、これまでの
不健康な生活からの脱却だ。

ごくごく自然な行動、とりあえず、
体力の回復を日々の生活の
目標とすることにしました。

 立ち止まらず、どんどん動くぞ。
近くの森林公園でジョギングを開始し、

休会になっている合気道の稽古を
再開して汗を流します。

そして冬には、スキーをして
自然とひとつになろう!?

(遠い昔、「準指導員」の取得までして、
お金をかけ、時間も使って、あんなに
のめりこんだが、
今は悲しいかな、急斜面では
びびりまくり、ほぼほぼ、弱腰ってなわけでして、・・・)(笑い)

ブログ名はそれってなに?

 サイトのブログ名、「saru-moneyko」
「猿真似っこ」です。
「真似」と「money」に、
掛けています。

語尾の「ko」は、田舎の方言からですね、
さるまねっ」、
なんでも、「こ」をつけたがるのです。

もちろん、僕は申年ですよ。
そんなブログ名を決めた直後に、
新聞のコラム、
「本の森」を見ていたら、言葉が目に
飛び込んできた。
ハッとした!!。 
なんと、ぴったり!

下道基行(美術家、写真家)
氏が、「まねぶ美術史」(森村泰昌著)
を読んで感想を述べたものです。

(以下抜粋)

 まねることでまなぶ

 僕自身もそうだが、一般的にアーテイストは自らの未熟な作品を見せたくないし、
誰かのモノマネだなんて言われたくもないし、なかなかマネのできる企画ではない・・・・・・・

しかし、誰しもが誰かの影響を受けて成長し、自らが作られてきたことは知っている。
それを堂々とオープンにしたこの本は・・・・・・・・・・・・

「まねること」で 「学ぶ」ことはこの世界の仕事や生き方の基本である。
そんな当たり前のことに頭を殴られたような読後感。・・・・・・・・・・・・・

そんなこんなで、本ブログは、 
正しい「チャランポラン」と
「真似ることで、学ぶ」をコンセプトに、

力まず、集中はすれど、執着はせず、

真似ることから気づきを得て、
さらなる飛躍をしよう!!を
理想とします。

そして、僕の経験などを紹介して、
皆さんの
お役に少しでもなれたなら?いいなあ!
という思いで開始しました。

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